一番大切なのは、人生を楽しむこと
仕事も勉強も人生を楽しむためにやること
自分の人生は、自分でデザインすること
人生を自分でデザインするのは楽しいこと
若手社員編
うちの会社では3年目までを半人前と位置づけており、各個にOJTリーダーという名目の先輩かつ指導員が付く仕組みになっています。(OJT=オンザジョブトレーニング)
幸運なことに、自分に付いたOJTリーダーの上司がとても尊敬できる人であったため、仕事もアフター5もお世話になりっぱなしでした。
その人から学んだことは数えきれないほどありますが、現在に至るまで教訓としていることは下記です。
・各分野で詳しい人を見つけろ。見つけたら関係を築け。
・仕事を任せられる人間になれ。ただし、任せた仕事で起きたことは、自分の責任と思え。
この二つはシンプルながら、処世術と仕事術の観点で大事な要素が詰まっています。
特に人に任せるというのは、実はとても難しいことで、年齢を重ねても「任せること」が苦手な人がとても多いことに驚きました。
この観点を早くから意識させてくれた上司には本当に感謝しています。
(前回の話はこちらから)
4年目:2010年(先輩期)
4年目に入り、初めて直属の後輩ができました。一つ下の男性と女性の新入社員でした。
自分は体育会ではなかったので、後輩の扱い方というものがイマイチ分からず、「良い先輩とは」についてネットや本で調べたりしていました。
どちらの後輩もとても優秀だったので、結局、自分があれこれ言わずとも、みるみるうちに成長し、しっかりと自分の意見を持って仕事をこなすようになりました。
この頃は景気や業績も安定しており、独身社員が多かったこともあって、アフター5は頻繁に食事や遊びに繰り出していました。(当時はビリヤード、ダーツにハマっていました)
飲みにケーションという言葉は好きではありませんが、ある程度は会社の人間と食事をしたり、遊ぶ時間を共有することは賛成です。
ただし、「来るもの拒まず、去るもの追わず」。この精神は重要がと思っています。
何事も強要された時点で、興が冷めてしまいます。
5年目:2011年(災害期)
後輩もでき、仕事においても自分の色を少し出せるようになってきた頃、再び世界が一変する出来事が発生します。
東日本大震災です。
地震発生当時は、東京本社ビルで業務をしており、とてつもない横揺れを経験しました。
デスクの下に潜り込むも、激しい揺れでデスクの中から引っ張り出される勢い。まさにこの世の終わりかと思いました。
当日は会社に泊まらざるを得ませんでしたが、電気も携帯も通じない状況だったので、東北に津波が襲っている事実すら、しばらくの間、分かっていませんでした。
うちの会社は、競合会社同士で、互恵関係を持っている少し特殊な業界の中にいます。同業他社が大きく被災したことを受け、競合先の仕事を応援するという経営判断が下りました。
大震災で日本中が大混乱に陥る中、本来のお客さんと競合先のお客さんの双方を同時に対応する必要が出てきたことで5年目は多忙を極めました。
この時も株式相場の急変動に動揺し大きな損失を出してしまいました。2度目の大失敗を機に株式投資に関するいくつかの誓いを立てたのは、また別のお話。
6年目:2012年(婚期)
この年に結婚し、夏前には新婚旅行(モルジブ)へも行くことができました(本当に楽しかった!!)
結婚式の写真を見返すと、上司、先輩、後輩の全てにおいて人間関係には大変恵まれていた時期だったことが分かります。
一方、仕事の方では大きなクレーム案件が発生してしまい、その対応に追われ続ける日々。中堅社員として、お客さん対応の第一線にいたのでそれなりの修羅場も経験することになりました。
非常時にこそ人間の本質や本心が現れるということを改めて実感。
「追いかけたい背中」と「反面教師」が明確になりました。それはそれで良い経験になったと思います。
後輩をもつことで想像力が磨かれる
中堅社員によく言われることですが、直属の後輩を持つ、持たないで成長に大きな差が出ると思います。
理由は、自分を客観視できる機会が増えて、想像力が磨かれるから。
これまでの見下ろされる視線に加えて、見上げられる視線を浴びるようになると、自分を客観視できる機会が増えます。
自分を客観視できるようになると視点が増えてきます。視点が増えると「想像力」が磨かれます。
私は「想像力と仕事力は蜜月関係」にあると思っています。
初めての上司、初めての後輩(部下)は重要だと言われますが、自分の場合、どちらにも恵まれた強運者でした。
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