[ライフデザイン] 4. 勤め人記録①(新入社員編)

お金の話

一番大切なのは、人生を楽しむこと

仕事も勉強も人生を楽しむためにやること

自分の人生は、自分でデザインすること

人生を自分でデザインするのは楽しいこと

 

勤め人の記録 新入社員編

勤め人としての履歴を簡単に振り返っていこうと思います。

記憶に強く残っていることは、おそらく経験の上澄み部分なので、

今後の人生を定めていくにあたってのヒントや気づきがあればいいなと。

 

1年目:2007年(超繁忙期)

入社は2007年。景気は上々の時期でした。

業種はメーカー。職種は営業。

業界的に非常に活況なタイミングであったことに加え、会社独自の事情も重なり、一年中繁忙期が続いているような状況でした。

溢れかえった注文をどのように捌いていくかを考えることが主な業務だったので、イメージしていた営業の仕事とは全然違います。注文が増えたら怒られるような雰囲気でした。

上司や先輩も自分の仕事に精一杯で、教育に割く時間がなかなか取れません。20時や21時から指導や業務の確認があることも珍しくありませんでした。

そんな状況だったので、1-2か月も経てば、深夜残業や終電がなくなった後の深夜帰宅が常態化するようになります。

独身寮が会社から遠かったので、深夜のタクシーだと約1.5万円/回。現金はすぐに足りなくなるのでクレジットカードで支払い続けていました。

結果、一か月のタクシー代が手取り給料を超えることもありました。(費用はもちろん会社持ち)

ぬるい大学生活から一転して、ブラック企業ライフ。慣れない関東での生活。
真っ暗な部屋の中で体操座りしていた記憶があります。ちょっと危なかったんでしょう。

目が回るほど忙しいにも関わらず、飲み会の幹事やゴルフなど、定時外でやることも山盛り。
時代柄、口煩い先輩や上司ばかりだったので、いつ怒られるかビクビクする毎日でした。

一生懸命やってもポンコツ扱いされる日々
本当にしんどい1年でした。もうコリゴリ。今なら無理です。

 

2年目:2008年(超閑散期)

激務の1年間をなんとか凌いで、迎えた2年目。

おおよその人間関係を把握し、自分の立ち位置が分かり、仕事の方もポンコツ扱いから少し人間扱いしてもらえるようになりました。

ここで状況が一変する出来事が発生します。

リーマンショックです。

米国の大手投資銀行の破綻をきっかけに強烈な景気後退が始まりました。

入社以来、溢れかえっていた注文がみるみる激減していきます。工場で作るものがなくなってきたので、「間引き操業」という裏技を使って、ダラダラとモノづくりをする術があるということを初めて知りました。

深夜残業の日々から一転、徹底した残業禁止令が敷かれ、月2回の一時休業(出勤停止)という異常事態。当然、収入にも大きく影響します。

若手ほど、収入に占める残業代の割合が大きいので、生活費に直結します。
リボ払いで買い物を楽しんでいた先輩の慌てふためく様子がとても印象的でした。

入社と同時に株式投資を始めてた自分は、急激な相場変動に動揺して悪手を繰り返し、数か月分の収入に相当する金額を失ってしまいました。

いかに世界が不安定なものであるか、ということと、遠い世界が自分の生活と繋がっていること、を強く実感した社会人2年目でした。

 

3年目:2009年(第一次成長期)

リーマンショックも谷を迎えて、少しずつ回復してきた2009年半ばに初めての部署異動となりました。

うちの会社は基本的に丸3年経つと異動権が生まれるので、3年経たずに異動する場合はイレギュラーな扱いになります。やはりポンコツだからか、と少し気になりました。

異動先の扱い製品はこれまでと同じだったので、その点は心配がなかったものの、海外専門の部署であることが大きな不安点でした。

自分は日本が大好きで、英語は全くできません。

海外関係の仕事を希望する同期や先輩も少なからずいたので、そういう人たちを回せばいいのになぁと不思議に思っていました。

幸か不幸か、日系のお客さんがメインだったので英語ができなくても業務への支障はありませんでしたが、韓国人の英語の上手さには驚かされました。

韓国へは、多い時期には月に2、3回出張に行きましたが、近距離で日帰りの時もあり、出張先としては微妙な感じ。タイが好きだったのでタイの担当だけは残して欲しいと上司に懇願したら、タイの担当だけ外れました。ちくしょう。

海外専門部署は、組織が小さかったので意思決定が早く、仕事の内容が国内よりもシンプルなのが良い所。国内の仕事が複雑すぎたので、ようやくイメージ通りの営業職に就いた実感がありました。

尊敬できる上司が多かったおかげで、色々なことを吸収でき、結果的には人生で重要な数年感を過ごすことになりました。

 

3年目までの振り返り

会社に入ったらこれほど怒られるものか、と驚いた記憶があります。
思い返せば、大学生になって以降、大人に怒られる経験がガクンと減っていました。
久しぶりに大人に怒られて、そりゃあ心も体もビックリします。

会社を辞めたいと思ったことは幾度となくありました。
辞めなかった理由は、勇気と自信がなかったことに尽きると思います。

この人たちが言っていることは本当に正しいのか?と疑問に思うことも少なくありませんでした。見定めてやろう、というような反抗心も少しは原動力になっていた気がします。

 

3年目までに大切にすべきこと

行動で大切だと思ったことは

・できる人の真似をすること
・キチンと睡眠を取ること。

思考で大切だと思ったことは

・一人で抱え込まないこと
・完璧を追求しないこと

いずれもシンプルなことですが3年目ぐらいまではこういうポイントに凝縮されると思います。

 

続く

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